新宿・思い出横丁『カブト』の変化


いつも変わらぬ、旨いウナギの串焼きを食べさせてくれる『カブト』にも、変化の波がやってくる。
串を打つ作業は別として、店に立つ二人が定着して、もう十数年、いや二十年以上になるのだろうか。焼き台に立つおやじさんと、酒やお新香の準備、洗い物を受け持つアシスタント役のIさんと二人三脚で『カブト』を営業していた。その前は、ご存命中のおやじさんの奥さんが、隣の店舗で一緒に焼いて景気のいい当時、たくさんやってくる客に対応していた時期もあり、古くからのお客さんは、その方が、馴染み深いと思う。
その頃から、飲み友だちに誘われて食べ飲みに来てはいたが、土曜日の映画を観た後のひとり飲みで、昼酒しに『カブト』に通うようになったのは、おやじさんとIさんの二人の時代になってからだ。

↑梅雨らしい雨降りの中、思い出横丁中通のど真ん中『カブト』の前で、恒例の入店前の撮影。
3、4年前ほどから、若い衆が夕方からの時間帯で中に入るようになった。そのうち、焼き台にも立たせてもらえるのかなと思いながら、慣れていない動きに客のみんなもあたたかい目で見守っていた。しかし、一向にそんな感じにならないうちに、おやじさんのピンチヒッターとして実の娘さんが、焼き台に入るようになった。どんな経緯でそうなったかは知らないが、代役になにも問題がないようだし、やはり血筋といってしまえばそうなのだろう。
おやじさんも、今年で八十の声を聞くはずなのだから、無理はせず、若い力を借りれるところは借りてエベレストに登頂した三浦さんのようにスーパーな日本人でいていただきたい。

↑七本セットが、通常コース。そして、早い時間でうまくすれば “レバ串” にありつける。きも焼きとは違って、うなぎのレバだけの串で、苦みや雑味のない純な味。いまだにうなぎの専門店だとわからないまま座る客も多く、ありがたみも貴重さもわからないまま焼きとりではないといわれると、そのまま席を立つ人達もいて不思議だ。

この前『カブト』に来てみたら、焼いているのがおやじさんだったが、Iさんはお休みで代わりに娘さんとまだ十代に見える若者がひとりはいっていた。
誰かと聞きたいこちらが、話題に出す前にIさんが退職するとおやじさんの方から切り出された。長くお世話になっているだけに、動揺が隠せなかった。6月いっぱいだそうだが、休まれて困っているんだとおやじさんは経営者の苦労も顔に出していた。
Iさんもおやじさんと同年輩だから、もう現役を退いてもべつに不思議ではない。お疲れ様でしたとねぎらいの言葉も、ありがとうございましたと感謝も言いたいし、寂しいですよともグチをこぼしたい気持ちでいっぱいになった。

↑追加で、マル塩。お酒類は、3杯までのお約束。
おやじさんには、あまりショックなところは見せないようにして、新しい若者に話題を向け「失礼ですが、お孫さんですか」と言ったら「息子なんて、言わないでくれよ」と、おやじさんから元気な言葉が返ってきた。
『カブト』にも、新たな若い芽が育ちはじめるようだ。
       ☆
梅雨真っ盛りの6月もあと少しばかりで、うまくIさんと言葉を交わすことができるかどうかだ。退職前の休みがちの状態では、すれ違いになる事も考えて、感謝の気持ちを書いた手紙を携えて、すぐにでも、もう一度『カブト』に行こうと思った。
久しぶりに真剣に苦労して書いた手紙と、かなり前だが新しいデジタルカメラを買ったばかりで、浮かれて『カブト』の店内を撮っていた写真をプリンとしたものと、ひとり飲みブログの紙バージョンとしてはがきの裏に一話完結にまとめ印字した「カブトのススメ」を同封した。
かみさんも、かつて2回ほど自分のコーラスの演奏会を聴いてもらったことがあり、その感謝の意味もこめて自分たちのCDと手紙も添えていた。
『カブト』は、午後から営業しているので、夜は早じまいをする。定時できっかり仕事が終わるサラリーマンでない限り、平日の仕事帰りに『カブト』で飲むのは難しい。だから、土曜日に行く習慣になっていたのだが、たまたま仕事の切れ目があって木、金曜日が休みになった。絶好のタイミングとばかりに、映画を楽しんだ後、『カブト』に行ってみると残念、やはり、Iさんはお休みだった。
巡り合わせがよくなかったのだろう、手紙を託すしかないが、おやじさんにお願いしていいものか一瞬、気を使って躊躇した。正直に「お世話になったので」と、手紙とCDが入っていますと言ったら、快く渡しておくよと言ってくれた。
旨いものと酒を飲ませる店と客とは、一体、どんな関係なんだろう。ひと月に1回か2回、楽しみにやって来て飲み食いし、二言、三言、言葉を交わすだけだが、なんとなくその時の気分やらこころ持ちをさらりと出して来た気がする。当然、酒が入ることで、日々の疲れで凝り固まっていた身体も心もしばし、とろんとゆるみほどける感じがして来たものだ。そんな姿を、やさしく見守っていてくれたのがIさんだった。

「本当に長い間、お疲れ様でした。ありがとうございます」

友だちとも、知り合いとも言いがたく、どちらかといえば仕事仲間や同志的な関係の寂しい別れを感じる。思い浮かべる言葉に

「花ニ嵐ノタトエモアルゾ、サヨナラダケガ人生ダ」

ちょっとしんみりして来たが、さよならに至る前に積み重ねて来た楽しき『カブト』での時間が思い出される。ゆるゆるした昼酒の素晴らしい思い出が、しっかりと心に刻み込まれている。さすが、新宿・思い出横丁とはよく名付けた、いい名前の横丁だ。(6月20日 飲)

テレビ東京アド街天国で、新宿・思い出横丁スペシャルをやらないだろうか。飲み屋ばかりでなく、定食屋も、珈琲専門店もあるし、片っ端から飲み食いを見せてもらえると楽しいだろうな。