なつかしき吉祥寺で、映画と『カッパ』とハーモニカ横丁

ドイツ人のヴィム・ベンダース監督を、ご存じだろうか? ヨーロッパを舞台に、ロード・ムーヴィーといわれたジャンルの草分け的な映画を撮り続けてきた監督だ。10年、もっと前か、アメリカで映画を撮るようになって久しいが、また、ドイツに戻り撮った最新作が上映されると聞いて喜んでいた。最新作といいながら08年の映画で、東京だと吉祥寺でしか観れない単館ロードショウだった。恵比寿ガーデンシネマも休館し、都内で欧州の映画をかけるような映画館もめっきり少なくなってきた。好きなヨーロッパの映画を観るのも、足をのばして出かけなければいけない状態に悲しくなるが、まだ、観れるだけましなのだろうか。

↑サンロードの奥まったところ、西友の前から神輿が出陣。

気分を変えて、吉祥寺は、僕にとっては懐かしい街だから、映画+αで一日楽しむことにした。最近でも、西荻窪には飲みに来ていたのに、ひと駅先の吉祥寺に来るとなると感じ方がすこし違う。
土曜日の午前中から、電車を乗り継いで吉祥寺に着いてみると、今日はお祭だった。街角のあちこちでお囃子が流され、御輿の担ぎ手達が集いはじめていた。祭りとは、関係なしに休日ということもあり、続々と駅から人が降りてくる。街全体に、都内とはちょっと違う活気を感じた。34年前に上京して荻窪に住み、吉祥寺の街をふらふらしていた頃と比べても、それほど変わらないくらい独特の文化がある街だと思う。若者のファッションも、当節風でありながらも昔からの吉祥寺らしさを脈々と受け継がれているのが面白くて、なつかしかった。
映画が始まるまでの2時間、井の頭公園の散歩に行ってみると、公園前の『いせや』本店が、新しくなっていた。

↑いせや本店は、モダンな造りに変身していた。左側が正面で焼き台がありその前で立ち飲みするのは、変わっていない。

今日は、昼間にひとりで映画を観て夕方、かみさんと合流して一緒に飲む算段。そこで、吉祥寺の焼きトンといえば、だいたいの飲兵衛は「いせや」とくるだろうが『かっぱ』という焼きトンの名店がもう一軒ある。吉祥寺出身の飲み友達K西さんに教えてもらったのだが、2人して「かっぱ」派なのだ。
井の頭公園は、汚い池の水も(ごめん)、噴水もそのままにひたすら、なつかしかった。散歩するアベックや家族連れも、本当に30年前と全く変わらないようにも思える。アクセサリーやアート系の自作のものを売る若者、楽器を演奏する面々、野外ステージのベンチで休憩してるとブルースが聞こえてきて、はじめはそれが、あまりにうまいので何かのBGMかなと思い、その場で歌っているとは気がつかなかったぐらい。

井の頭公園の池に来ると、中村雅俊の『俺たちの旅』のデレビドラマの冒頭のワンシーンが歌と共に心をよぎる。なんだか、やるせない気持ちになるんだな。

↑懐かしの野外ステージ。1度だけ、ギターを抱えて歌ったことがある。

↑公園通りのいせやの雰囲気は、すごくいい。一杯だけ、と、いいながらするりと中に入りそうになる。今日は、これから映画を観るので我慢、我慢。

公園通りの『いせや』は、煙もくもくと以前のそのままの姿でそこにあった。今でも、高田渡さんが、ひひひっと笑って飲んでいるようにも思えるくらい。渡さんがもういないことを思いだし、しみじみとした気分になった。
映画は、期待通りの出来で満足。では、かみさんと待ち合わせの前にひと風呂浴びようと、昔の近鉄百貨店(いまはカメラの量販店)裏の銭湯に行ったが、あぁ、ここは土曜日定休日だったんだ。ほかの吉祥寺の銭湯は知らないし、調べてるほどの余裕がない。ひと駅戻るが、西荻窪なら、駅の北口に「戎」で飲む前によく行っていた銭湯がある。今日は歩いて、汗だくになったし電車に乗ってでも行く価値ありと行ってみたら、その銭湯は、大きなマンションに変わっていた。涙。

↑焼きトンを楽しむなら『カッパ』吉祥寺の南口からすぐで、丸井の向かい側。

徒労の末、吉祥寺に戻りマルイの向かい側の『かっぱ』の前で待ち合わせ、お店にはいってみるとカウンターに2席の空きがありすぐに座れ、ほっとする。この店は、カウンター席のみで、席がいっぱいになると窓際に棚のようなテーブルをしつらえてあり立ち飲みしながら、席を待っているシステムにしている。
風呂には入れなかったが、のどはからからでビールがうまい。焼き物もさっそく、シロ・レバ・コブクロをたのんだ。ここは、タレが病みつきになるほど独特。だから、タレから焼いてもらいつつ、お新香をもらう。気をつけなければいけないのが「なにもつけないで」と、強くはっきり言わないと味の素と醤油をたっぷりかけられ、浅漬けのお新香そのものの味が、吹っ飛んでしまう。

↑酒は、瓶ビール、日本酒、焼酎、泡盛、老酒、あたりしかなく酎ハイもなくて、酒に対して硬派で、融通が効かない感じはあるのだが。

↑焼き上がりの香りからして、ちょっと違う。

↑寒い時期は、もちろん燗酒にするが、暑い今は常温の日本酒が焼きトンにもあう。

串の肉は、小ぶりに上品なサイズで何本も食べれる。タレは甘い一歩手前で中華系の香辛料の(たとえばと言っても、八角ぐらいしか出てこないが)ほのかに香るタレの焼きトンは、味に奥行きがある。もちろん、豚もつの臭みはまったく気がつかないが、苦手な人だとしてもこの魔法のタレにかかれば、うま味しか感じられないようにつつみこむ。そのタレが、じゃまになるどころか、もっと食べたくなる不思議な魔力も備えている。
圧巻が、レバサシ。串のままで、タレをくぐらせたもの、塩、醤油なら串の生のまま出てきて、自分で味付けをする。2人の場合、2本生タレ、2本味なしで塩と醤油を分けあって試してみるのがいい。驚くのが、もちろんこの魔法のタレが旨いのだけど、塩も醤油も素材の味がよくわかり繊細ながら旨味を主張して、優劣つけがたく思わず旨いと唸ってしまうのだ。

↑これが、驚きのレバ刺。2人なら、これで満喫できる。

酒は、この店の名前から想像できる「黄桜」で、何故かといえば、昭和30年当時「週刊朝日」で連載していたの清水昆のカッパの漫画キャラクターが、ポスターやTVコマーシャルに使われている。子供の頃に、妙に色っぽいカッパに心引かれた覚えはある。この店が「黄桜」とどんな関係があるかわからないが、徳利にそれっぽいカッパの絵が描かれている。かなりへたくそな絵つけもあるが、ちょっとした粋を感じる。
ちなみに、日本酒の宣伝ポスターが、美人のモデルのもしかない時代、はじめてイラストで、それもカッパだったので驚きとひと目を引いたそうだ。
チレ刺もまた、レバ同様に旨いが、本日は無いようなのでタン・カシラ・ナンコツを、塩でたのんだ。

↑串の肉は小ぶりで、しっかり焼いていても、堅くなってないのがいい。もちろん、ナンコツはこりこりと程よい堅さ。

↑カッパの徳利。絵の出来、不出来に差がありすぎ。

↑野菜にも有効な『カッパ』のタレ。

↑タレ焼きのチレもいけるぞ。

カウンター並びで飲んでる男の子3人組は、どう見ても大学生ではないだろう。どんどん食べて日本酒まで飲んでいて、騒ぐほどではないながら浮かれて楽しんでる。早熟な子たちは、高校生あたりから外で飲み始めるのも吉祥寺界隈の学生の習わしだったような話も、聞いたことがある。
野菜は、シシトウ・ネギ、それにチレのタレ焼きを食べて終わりにしようかとなった。でも、最後にもうちょっと、と、ハツ・シロのタレ焼きをたのんだくらい、ひさびさの「かっぱ」のタレの焼きトンは旨かった。

↑青い番号札は、徳利の本数。この2本を入れて、ひとり4本でした。焼きトンも、串一本が90円の本数計算。簡単、明瞭会計。

せっかくの吉祥寺だ、ハーモニ横丁で、もう少し飲みたかった。ここは、飲食だけでなく、魚屋さんもまだ営業してるし、昔ほどには雑多に店があるわけでないが『ハーモニカ・キッチン』なんて、モダンでハイカラなお店もできていて、魅力的な磁力を出していた。

↑ハーモニカ横丁『おふくろ屋台』なるほど、屋台のようにこじんまりしていて、それが、3フロアー縦に連なっている感じ。

↑最上階のペントハウス風で、提灯の灯りが怪しげだ。

↑鉛筆ビルの上から、ハーモニカ横丁の天井ののびてる樣が見える。

行ったことのある飲み屋なんてとうにないだろうから、いきあたりばったりに行こうとかみさんにチョイスをまかせたら『おふくろ屋台』にするといい、2階のお店のようで上がってみると、狭いスペースにお客さんが詰め込まれるようにいた。上もあるからと3、4階までいったら屋上が、ペントハウスのような不思議な空間だった。窓から外をのぞくと、ハーモニカ横丁の連なる屋根見える。鉛筆ビルのてっぺんらしい。そのうちに若者たち4人も上に上がってきてにぎやかになってきた。
地震で揺れても、落ち着いて行動してください」と、書いた紙を壁に張っているのが、印象的だった。

↑では、落ち着いてホッピーと生ビールで乾杯。

↑まだ、まだ、食欲はあるらしい。水餃子を注文したのは、かみさん。

↑つられて、牛スジ煮込みをたのんだが、味がしみておいしかった。

もうちょっと、横丁らしいところでと、バール風の立ち飲みコーナーのある店で、ベルギービールで生のシメイとヒューガルデン(ホワイトビール、これも生)を飲みながらポテトサラダを食べた。祭りが終わって、いつもの喧噪につつまれながら、吉祥寺の夜はふけていった。

ベルギービールは、じっくり、ゆっくり飲むのに向いている。

↑もうお腹いっぱいでも、ポテトダラダなら、つまめるこの不思議。

↑吉祥寺は、ファミリーの街でもある。ハーモニカ横丁を出たところの不二家のペコちゃんに見送られて、家路についた。