涙は、また流れた。

東京都檜原村に住む、義母が、自宅の畑の坂道で、転倒して頭を打つ大きな事故にあった。打ち所が悪かった以上に、大量出血もし大手術で一命は取り留めたものの2週間経っても、いまだ意識が戻らない。
こういった転倒事故が、特に老人には多いことも後で知ったが、家族にとっては、青天の霹靂、ただ、呆然と事実を受け入れるしかなかった。
実家と、病院と、自宅と、行き来する日々が続き、かなり、疲弊する毎日だったが、気がつくと、義父もかみさんも、酒を飲まなくなっていた。
昏睡状態の義母の快復を祈ってのことだが、自分は、それでは保たないと控えめにビールなど飲んでいた。
かみさんは、長期休暇がとれて実家でこの事態に対処するべく檜原村に行って、こっちは、相変わらず仕事に追いまくられる日々となった。
何も、すべてを絶望することはないと、週末、『大はし』に飲みに行けるチャンスが来た。明日の土曜日、仕事は休みになったので病院にも行ける。
では、このチャンスに『大はし』に行くしかない。

残っていたボトルは、たっぷりで、とてもこれを飲み切っては普通では帰れないなと自制心も働きながら、赤むつの刺身が終了で残念だったが、今日の盛り合せは、いさきと中トロ、それとサンマのたたきで、飲み進めた。
ひとりのくたびれた中年の男が、店に入って来て、空いている隣の席で
「自分は、酒を飲まないけんど、肉豆腐、食わせてもらえないか」
と、言うではないか。もちろん、『大はし』のおやじさんは「ほいっさ」のかけ声とともにさっと、その客に肉豆腐を出した。
それを、食べる客。
『大はし』のおやじさん、そっと水の入ったグラスを出す。
隣に座っている自分は、ぐっときた。涙が、出て来た。
出てくるのが何に対する涙か、わからないけど
この煮込みは、本物だよと強く思った。グラスの水を出す
『大はし』のおやじさんが、“千住で2番”のこの店の姿勢そのものだと思った。(書いてはいないが、もちろん1番はお客様)
煮込みだけを食べに来た客と、なんで、今日いあわせるのかと
思いながらも、この店で飲む幸せを噛み締めた。
実は、泣きたかったのだと思う。
店では、さすがにうるると来たのをハンカチで誤摩化したが
帰りの常磐線のホームでは、端の暗がりに行って涙を流した。
     ☆
これが、肉豆腐で泣いたのかどうか
わからない。
ただ、酒を飲まない男が、肉豆腐を食べに来て
そして、おかわりするのを横で見ながら、涙をこらえていた。
そんな自分を思い出すと、今度はなんだか笑えて来た。
     ☆
義母よ、こちらに戻っておいで