フレンチ映画の後は、フレンチ料理で春気分。

「もし、『パリ』が消えていたら──
世界は、どうなっていただろう」
第二次世界大戦末期、ヒットラーによってパリの壊滅作戦が実行されようとしたその時、ひとりの外交官によって阻止すべく駆け引きの一夜を映画にした『パリよ、永遠に』を、有楽町で観る。
占領下のパリを統括するドイツの将軍とパリを救おうとするスウェーデン人の総領事を、いぶし銀の名優2人が演じる緊迫の映画に、すっかり魅せられた。
あえて今の時代に、人対人の心理的な対決劇を中心に持って来て、歴史上の出来事を生々しく血の通ったドラマに仕立てられていた。晴れて「パリ壊滅作戦」は阻止され、密室劇から一転して一望となるパリの街の美しさに息を飲んだ。

↑『パリよ、永遠に』というタイトルだが、実は、フランスとドイツの合作映画。出資のことだけでなく、フランス映画と単純に言ってしまうとニュアンスが違ってくるように思う。監督・脚本のフォルカー・シュレンドルフは、ドイツ生まれでフランス育ち、パリで学んで映画監督になった人。まさに、両国の架け橋のような監督が、戦後、両国の密接な関係もパリが破壊されずに残されたことが大きいと撮ったこの映画の意味は深い。
        ☆
映画の余韻に浸りながら外に出ると、やはりノドはからからだった。
パリを讃える映画の後は、それにふさわしい店をもう決めている。
気楽に楽しめる立ち飲みフレンチ・バー『ヴァプール』へは、有楽町から新橋方向に銀座コリドー街を、歩いてもほんのすぐだ。
このフレンチ立ち飲みの店を気に入った理由に、通りにはみ出して飲める野外感にあるのだが、残念ながらまだ冷え込む季節でガラス戸がピッタリと閉じられている。混み合ってくればこの時期でも、入りきれなくて外に出て飲む客もいるだろうが、寒い雨の日曜日のまだ夕方というには早い時間で、カウンターにはアベックが一組だけだった。
中に入ると、顔見知りの料理長が、にっこりして迎えてくれた。
空いている椅子もあるので、ここは意地を張らずに腰を掛けてのんびり飲むことにする。

ホタルイカと菜の花に和えられているオリーブオイルと酢が、乳化していてしっかりした味付けだ。
生ビールと、春らしさで目についた“ホタルイカと菜の花のマリネ”を注文して、財布から金額を用意する。立ち飲みバーの流儀、キャッシュ・オンの前金制なのだ。奥には、ダイニングの落ち着いたスペースがあるようだが、そちらはアベックに任せて、ひとり飲みにはもちろんバーが似合う。
タパス料理(小皿で、軽めの盛りつけ)は、小腹がすいて飲む時にはちょうど良く2、3品を、軽く食べ飲み出来るのだ。
マリネの後は、今度は肉料理にしようと“自家製、豚の蒸しハム”を注文して、ハイボールを飲みながら映画のパンフレットを拾い読みしていた。
「映画を観て来られたのですか?」と、盛りつけた蒸しハムを出す料理長に声をかけられた。
「パリが舞台の映画だったから、すぐにこちらのお店を思い出して来ました」
「その映画のポスターは、店の洗面所のドアに貼っていますよ」
そうだよな、やっぱり。フレンチの看板掲げている店だもの、最新作のフランス映画も意識していないと。ただ、料理長自身は、自宅でDVDは観ても映画館にはほとんど行ってないと嘆いていた。
「わざわざ映画館まで行くのは面倒だけど、“銀幕”に映し出される映画を鑑賞した後は、軽く1、2杯でもちゃんとした本物を飲み食いしたくなるものですよ」と、ちょっと遠回しだったが、美味しいものを頂いていますとの気持ちも込めて続けた。
だってハムはしっとりして旨く、ハイボールが、みるみるなくなっていく。

↑生ハムに対して、蒸しハムなのかな。あまり深くは考えなく注文したが、蒸していることで脂が抜けさっぱりと、それでいて、しっとりとした食感。

↑色合いも美しく、チーズが加わることで今までに味わったことがない空豆の味わい。春を先取りしたような、斬新な味だった。
3皿目の“空豆のヴァプール(蒸し料理)”が、目にも鮮やかに、これぞ春気分満載の料理だった。削りふりかけられたオレンジ色の熟成チーズ(ミモレット)が、見栄えだけでなく空豆の味に深みとコクを加えて、はっとした驚きまで味わえた。
フレンチ映画と、美味しいフレンチ・タパス料理と酒に、いい気持ちの酔い加減になった。
外はまだ寒いが、一足早く春の気分に。(3月8日飲)