上野・アメヤ横丁で、たる酒。

上野は、住んでいる場所から近いということもあって頻繁に立ち寄る場所だが、酒を飲む街としては、どうにも相性が悪い。
気に入った店を見つけられないからかもしれないが、何度か飲む機会があってもしっくりと来ないことが多かった。上野のスポーツジムで汗を流した後や、上野公園を散歩して食料品の買い出しなどする前でも後でも不思議と、ついでに一杯やって行くかとはならない。
日曜日に渋谷で映画を観るのだが、映画の始まる時間まで本屋でぶらぶらと立ち読みなどしていて、食の雑誌『ダンチュー』の日本酒特集が目についた。ぱらぱらとページをめくりながら、映画の後に少し飲みたい気分になるが、新宿や銀座と違って日曜日の渋谷では飲み屋もあまり思い浮かばない。
帰りに上野で、食料品の買い出しをする予定なので、今日のところは外で飲むのをやめて、家飲みで我慢するかなと思いはじめていたら、ある店の紹介記事に行き着いた。それは渋谷ではなく、上野・アメヤ横丁のそれも山手線のガード下あたりのたくさんの店がひしめき合っている中にある “たる酒”の居酒屋『たる松』だった。

↑酒樽の写真撮らせてくださいと申し出たら、店のおやじさんは「俺の顔は、撮るなよ」と言っていた。雑誌『ダンチュー』には、この樽酒をバックにしっかり顔も出していたのにと思ったが、皮肉っぽくなりそうなので口には出さなかった。招き猫も、大入りの熊手も、なかなか立派だった。
あのアメ横のごちゃごちゃした界隈に、そんな店があったのだろうかと思ったが、白木のカウンターの正面に鎮座している化粧酒樽が魅力的だった。
朝から休憩なしで途切れない営業していて、正月以外年中無休は、商売をやる気満々で何ともアメヤ横丁らしい。
銀座線に乗りながら、やっぱり、上野では買い物だけにして帰ろうと思ったが、絶望的な空腹感もあり改札を出たら再び迷いはじめ、地上に出たらアメヤ横丁に足が向いていた。
覚えていた雑誌の地図通りに行ってみたらよく通る場所で、その店もすぐにわかり、外観からは雑誌の記事とかけ離れて見えた。それでも、歩いていた勢いのまま、躊躇せずに縄のれんをくぐって店内に入ってみると、カウンター正面に迫力の酒樽が置かれていて「あっ」と、息を飲んだ。
夕方のまだ早い時間だからか、お目当てのカウンターに座れ、とにかく喉が渇いているので生ビールをまず飲む。居酒屋チェーンみたいな看板の外観とは裏腹に、店内は至ってすっきりしていた。何よりその化粧酒樽が、圧倒的な存在感を醸し出している。

↑ビールが、好みのサッポロだったので嬉しい。白木のカウンターも、しっとりと手に馴染んで、なかなかいい。

↑塩は、升の角にぱらぱらとのせて飲むのだったかなと、おぼつかない手つきで飲んでいると、隣の客のおやじさんは、口に塩をパッと放り込んでからグビリと飲んでいた。おぉ、カッコいい。
全国の名の知れた酒蔵を選び、店の名にもなっているメインのたる酒は本醸造で、純米酒も通常の一升瓶で品揃えも多い。もちろん、ビールもあればチューハイもあるが、日本酒を飲ませる店だぞといった気構えを感じる。
純米酒の燗酒を飲むのも良さそうだが、せっかく酒樽に導かれて来たのだから、『菊正宗』の樽酒を注文した。カウンターの一段上に置かれていた受皿を敷いた升と小皿の塩、そして、1合徳利をポンと出された。
樽から直接、升に注いでくれるのではないのがちょっと残念だが、こんな大きな樽から、小さな升に上手く注げないのかもしれない。
たる酒特有の木の香りが、まったりとして酒を甘く感じさせるが、升の角にのせた塩のピリッとしたからみで締まった飲み口になった。繊細な酒の味とは違った、大らかな旨さと言えるだろう。徳利と猪口、それにコップ酒とも違う、升で飲むたる酒が本当に美味しい。
アジのたたきで、1合飲み終わる頃には、早くもお腹の方からふんわりと酔いが立ち上がって来た。次は、同じ神戸・灘の『酔心』のたる酒に決めた。
今日は本格的に飲もうとは思っていなかったものの、この2合で席を立つことができずもう一杯となるところが酒飲みの悪いクセで、2品目のなまこ酢と3合目に秋田『高清水』のたる酒をいい気分で飲み続けるのだった。
カウンターの中の、燗付け場に立つ年配のおやじさんも時々客と話しながらも個性的なオーラを発している。注文を取って、料理を出してくれるおばちゃん達も気さくで、優しい。

↑なるほど、酒の銘柄によって徳利を変えているのね。3合でも、ずっしりとした酒で、いい感じにほろ酔いになった。
上野・アメヤ横丁という場所柄、旅行者も商売人も買い物客も、あらゆる人に対応し気楽に酒を飲み、料理を楽しませてくれる店としての純粋さを感じ、とうとう、上野にも好きなタイプの飲み屋を見つけた気がした。
生ビール、たる酒3合、つまみ2品で、3,940円はちょっぴり高く感じたが、正月以外は年中無休の好条件で、時々この酒樽を眺めながらの日本酒を味わいにまた来たいと思った。
正直な話、ここの外の店構えだけ見ていたのでは、到底、入ることはなかったと思うが、タイミングと出会いとは面白いものだ。(2月22日飲)

↑もちろん、外国人観光客もウエルカムなのだろう。目立つ赤の看板が必要なのかもしれないが、まわりが派手でごちゃごちゃしているところだからこそ質実剛健の雰囲気を外観にもっと出して良いのではと思った。ただ、店内を知ってみると文句を言うほど、悪い感じでもないか。