上野・不忍池の真実

東京の西部地区に住んでいたが、結婚をして東の下町エリア荒川区に住むようになって15年になる。酒場を探し飲み歩きをはじめたのも、こちらに引っ越して来てからのことだ。
桜の季節は、王子の飛鳥山で花見酒をするのを恒例としているし、普段は上野公園にも時々に行くようになり、上野公園内にスターバックスが出来てからは、散歩感覚で40分ほど歩いてコーヒーを飲みに行くようになった。
それに昨年の夏から、スポーツクラブを上野駅の中の施設に変えたため、より頻繁に上野に行くようになり、少しでも時間があると公園内でコーヒーを飲み、園内と不忍池をぐるり歩くようになった。
不忍池は、半分が完全な蓮池で、春に新芽が顔を出してから、梅雨を越えて大きな葉っぱに育ち、夏に大輪の古代蓮の花が池一面に咲き始める。
僕が、声を大にして言わなくても、その素晴らしさは皆さんがご承知の通りだ。
花びらが落ちて果托(かたく)が残り、大粒の種が見えるようになると、秋も深まってくる。冬になる頃には、一面、黄金色の立ち枯れの景色が広がる。
そして、また春には、新芽が出てと自然のサイクルが続いて、毎年、近隣に住むものとして楽しみを与えてくれていた。

↑何やら、不忍池に変化が。
かつて冬の期間は、上野に用事もなければ立ち寄ることも少なかったが、昨年から年が明けてもよく公園に来ていたため不忍池にも足を向けていた。
梅が咲き、寒いなりにも春の足音も聞こえはじめた今頃になっても、依然と蓮は立ち枯れのまま不忍池を覆い尽くすばかりだった。
このまま春になって、新芽が出てくるとどうなるのだろうかと、素朴な疑問を持っていたら、何のことはない即解決した。
今週になって、公園の整備の人たちが池で作業していたのだ。
それほど深い水深ではないが、入れば泥の層もあり腰ぐらいまではありそうだ。作業自体は、簡易的な筏に乗りながらチェーンソーのようなエンジン付きのカッターで刈り取るというもの。
週の始めにその作業が始まったことを知り、週内作業して土曜日の今日になっても、まだ半分まではいっていないようだった。刈り取った後も、それを運び出す作業もたいへんだろう。
15年も、ここに来ていながら初めて知ったことだった。
都会の公園は、自然まかせではリサイクル出来ずに、やっぱり人の手で守られているのがわかったのだ。寒風吹く中の作業は、本当にご苦労様と作業の人たちに言いたくなった。

↑知れば別に当たり前のことでも、自然のリサイクルの力との思い込みで、現実を目の当たりにしない限り気がつかなかった。不忍池にも年に一回の大掃除が、必要だったのだ。
こうやって枯れた後の作業で、また、池一面に蓮の青々とした葉っぱが生い茂り、夏のあの美しい花を楽しめるのだ。
今年の不忍池の蓮を見つめて行く眼差しが、少し変わる気がした。
自然は力強いと幻想を持っているよりは、ちゃんと人の手で大事に守り育てていると誰もが皆で共有して行くことが大事だと感慨深かった。(2月14日撮影)

↑こんなサービスもしてくれていた。袋の中の一つを、ありがたく本日の記念にもらって帰った。今はベランダに干していて、乾いたら部屋のどっかに飾ろうと思う。

↑池をまわる途中で向こうから来た、一見してホームレスのおじさんが「どうして、斜めにチェンソーの刃を入れて切っているのかね。やっぱり、ハスだから」と、シャレを飛ばした。突然、話しかけられて緊張して聞いてしまったが、ちゃんと反応してあげれば良かったと後からふと思った。
今年も、不忍池古代蓮をたっぷり楽しみたい。(花は昨年の写真から)