焼き肉の呪い

今、仕事をさせてもらっている、広告デザイン事務所の社長が「今夜は、暑気払いだ!」と、皆に声をかけた。そう言えば、みんなお盆も休もうなんて気配もない様子の働き詰めだった。電車も空き空きの世の中全般の夏休みの1週間が終わろうとしていた金曜日だった。
自分も仲間に入れてもらい嬉しかったが、どうやら行くのは焼き肉屋らしい。
ほんの1、2回、店で焼き肉を食べた経験がいつだったか思い出せないくらいに焼き肉屋は縁遠い存在だった。
好き嫌いというよりは、行く機会があまりなかったし自腹で飲むなら安い焼きトン屋で肉は食べていたから、焼き肉屋の敷居が高かったのも事実だ。だからといって、まったく行ったことがないというのも嘘になるが、勝手はほとんどわからない。

↑出身の和歌山では、焼き肉とは言わないでホルモン焼きと言っていた。鉄カブトのようなジンギスカン鍋で、もうもうと煙をあげて焼いていた肉はとてもかたかった。噛んでも噛んでもびくともしなかった、子供の頃のかすかな記憶がある。
自分と同年代のおじさんもいるが、若者のデザイナーもいる事務所なので、若者向けに焼き肉の方が喜ぶんですよと社長さんはいいながら、自分もかなりお好きなようでマッコリ片手にばりばり肉を頬張っている。
自然な成り行きで、若者組とおじさん組にテーブルが分かれたので若者達の食べっぷりは目の当りにしなかったが、おじさん達もかなりハイペースで飲み食いしてる。自分は、まったくついてゆけないで、焼けた肉が皿に残ってしまう。
それでも次から次へと肉を網に載せてしまうのが、焼き肉の流儀のようでひとり飲みの感覚ではすぐにお手上げだ。マッコリも旨いし、肉も柔らかいのだから、塩だけでほんの炙る程度の焼き具合で、食べ飲みしたいとつい思ってしまう。
確か、葉っぱで巻いて食べるのありましたよねと聞いてみたら、あるらしいが今日は品切れで残念だった。各自にサラダは頼んでもらっていたが、すでにたっぷりと味付けされ油もかけられさっぱりするどころではなかった。
早々に降参をして食べるのをリタイヤしてしまった。

↑とろけるほどの柔らかい肉だったが、すでに下味の段階で自分の味わえる許容を越えていた。食べるのが、遅いのでどうしても焼きすぎで、後手後手でタイミングを逃してしまったようだ。
その後、少人数で飲みに行ったがもうなにも口に入る訳もなかった。ただ、口の中に残っている肉の強烈な旨味と脂の魅惑的な味わいで、ホッピーだけをやたらがぶがぶ飲んだ。帰りもこのまま電車に乗ってはと地下鉄の駅2個分歩いたぐらいでは収まらなくなり、茅場町からJR東京駅のまでも歩き終電近い山手線で帰った。
帰ってからも何だかまだ口の中に旨味が漂っているようで、焼酎の炭酸割りをそれだけがぶ飲みしてしまった。歩いたから喉も渇いていたのかもしれないが、何だか焼き肉の呪いのように感じながら、牛肉の強烈な脂と旨味と味付けに熱が出そうだった。(8月17日)