叔母が、亡くなり日帰りで和歌山に

春から昏睡状態の叔母が、亡くなった。母のたった一人の肉親の姉だった。もともと、病気がちで大きい手術も何度も受けていたためか結婚もせずに一人のままだった。台湾で生まれ、敗戦後に母子3人で日本に引き上げてきて、母親が早くに亡くなったので僕の母と姉妹で助け合って生きてきた。東京に出てきていた叔母だったが、僕が子供の頃に和歌山に戻ってきたのでたいへんお世話になった。
急な連絡を受けても、はじめたばかりの仕事であまり勝手を言えない立場でもあるから、日帰りで葬儀だけ参列した。叔母は、クリスチャンで教会の葬儀もはじめての体験だったが、亡くなった人を悼む気持ちは別段変わりはなく、歌えていたかどうかはわからないが、賛美歌を声をあげて歌った。

↑東京に向かうのぞみの車中。サントリー山崎が、もの凄く旨かっただけにおかわりが飲みたくて、飲みたくて・・・・
午後遅くお骨が、焼ける2時間あまりの間に、朝から何も食べていなかったこともあり、義兄と甥とでお好み焼きを食べながら僕はビールを飲んでしまった。そのまま、ずるずると東京に戻る電車でも飲み続けてしまい、和歌山で、350mlのビール2缶は天王寺までもたず、新大阪で日本酒の小さい瓶と角ハイボール缶を買い込んだが、名古屋まで持たなかった。
たまらず車内販売で、ウィスキーを買ったのだが「ロックで、ください」と言ったら「水は無料で付いてます」といわれ、買い慣れていない自分がちょっと恥ずかった。そのサントリー山崎が、むちゃくちゃ旨かった。
飲んでしまうとおかわりが欲しくてたまらなくなり、そう思い出すとなぜか車内販売がまったく来なくなりかなりイライラした。横浜あたりでもうあきらめるしかないと観念したが、いかに酒飲みは意地汚いかに気がついてしまった。
列車で酒を飲むのも考えものだと、教わったのだった。