悲しき煮込みの味と焼きトンの懐かしきタレの味、西荻窪『戎』

休みが一日くっ付いて連休になるだけなのに、何故かそれだけで妙に忙しい。久しぶりに斉藤大学に(十条の斉藤酒場のことです)行きたいですねと、飲みともI藤さんから連絡をもらったが、とてもお休み前の早い時間に自由の身になれそうにない。ひーこら言って、その週の仕事を終えたらすでに飲みにもいけない時間だ。連休の初日はゆっくり寝て疲れをとりたいところだが、なんだかもったいない。映画を観たい欲求も高まっているのでちゃんと朝は起きて、飯を炊き味噌汁も作り腹ごしらえをしてから、家を出たらもう雪が降り始めていた。
今日から明日にかけて、東京は雪模様なのだ。少々、気持ちもひるみがちだが、この休みに試したい新兵器がある。今時、ワープロと言ったらリサイクルショップにも置いていないだろうが、キングジムの携帯文字打ち専用機「ポメラ」を衝動買いしてしまった。ブログをアップするのも遅れがちだし、せっかくのお休みにパソコンに縛り付けられ家にいるのももったいないし、映画を観る前後の時間を使ってちょちょこっと書いてみようと思いついたのだ。
映画を観る前に、新宿三丁目スターバックスでポチポチ試し打ちしていたら2時間なんてすぐだった。その後、観た映画がかなりえげつないもので、すぐには食べ物も受け付けないくらいだったので、生ビールだけ飲みながらホットな映画の感想を書くことにした。仕事で、キーボードを打つのとは全く違った感触、気分で、文章を書くのが楽しい。なかなか、よい楽しみを見つけてしまった。

↑がやがやとパブの雑音もいい気分に、映画の感想などを書く。

小雪が舞って底冷えする祝日の金曜日、新宿からちょっと足を伸ばして西荻窪へ。
     ◎
さて、今日はどこで飲もうか迷っている。祝日だから『カブト』もお休みで、新宿で思いつくのは思い出横丁の『ささもと』か、三丁目の立ち飲み焼きトン『い志井』ぐらいか。
小雪舞う中で、新宿ではなくちょっと足をのばして中央線を西荻窪駅の『戎(えびす)』に行くことにした。週はじめに5年ぶりで、昔の知り合いからから連絡もらって、懐かしい気分が頭の隅っこにあったのかもしれない。
西荻窪『戎』は、飲み屋でお酒を飲む自分にとっての原点の場所。十代の終わりに、東京の編集の専門学校へ通うため、和歌山から出て来た。その頃に、今でも飲みともであるK西さんにつれられてきたのがこのお店。当時は、実家のある吉祥寺にK西さんは住んでいたし、僕も荻窪に住んでいたから行きやすかった。
そのうち僕もK西さんも中央線から離れてしまったが「やっぱり、戎だよな」とずいぶん長く、遠くから足を運んで飲みに来ていた。いつ頃からだろうか、あれだけ好きだった煮込みの味が変わって来たことでとうとう、足がこの店に向かなくなったのだ。
     ◎
西荻窪駅は、駅の中にお店も増えて少し変わっていた。『戎』は北口店もあるが、迷わず本店の1号店へ。駅を出て線路沿いのすぐ路地の様な通りに赤く戎の看板が目に飛びこむ。前は看板なかったが、道をはさんで3店舗は変わっていない。
焼きトンの焼き台が通りに面しているカウンターだけの一号店に行くと、客はちらほら。「奥いいですか」と聞くと焼き台に立っていたのが、前は北口店にいた古株の知った顔だった。

↑さて、煮込みの味は。
雪が降り、いちだんと寒いから迷わずに燗酒に煮込みだ。店は基本的に変わっていない、十年、二十年、三十年とタイムマシンのように感覚がさかのぼってゆく。しかし、煮込みの味は「むむ、やっぱり甘い」。
白味噌系の味付けで、もともとしょっぱくはないのだが、こんなに甘くもなかった。白もつに程良く脂が残っていて柔らかく煮ているのにもったいない。わざと今時の客にあわせて味付けしているのだろうか、真相はわからない。
焼きトンがメインのお店だったが、いろんな所に支店ができるほどにメニューの種類も増えていった。本当に驚くほどにいろんなつまみがあり魚系のお刺身も充実している。寒い季節がら脂も乗ってうまそうなボラ刺身を頼んだ。なんとボラのカルパッチョまである。

↑たっぷり脂がのって、ちょっと癖のある味。苦手な人は、カルパッチョがある。

↑カキ本来の味が、楽しめる塩焼き。
値段も焼きトン一本90円から刺身や焼き揚げもの類も200〜400円で正真正銘の千ベロ店なのだ。
あったあった「牡蠣の塩焼き」すかさず注文。季節がら、牡蠣はどこでもあるが、塩で焼いて食べさせてくれるところはあまりない。大阪なら一も二もなく串揚げにされてしまうのだ。レモンひと絞りの塩焼きは、本来の牡蠣の味を堪能できる。
レバとしろのタレを食べると「あぁ」と声を出しそうになった。タレの味が『戎』の味で、舌がちゃんと覚えていたのだ。懐かしくて、しっかりとこの味だとわかるのだ。タレの味をもっと味わおうとレンコン肉詰めも頼んでしまった。

↑ちょっとした野菜もの料理も充実している。レバたれと春菊の白和え。ポテサラは、我慢した。

↑シロはメニューになくて、ちょっと脂のあるテッポウ。

↑このタレの味が、野菜の味を引き立てる。

関西で言う、せせり。『戎』では、鳥の首の肉だからか「つる」と言っている。これは、塩焼きで。
これだけつまみも食べていると燗酒がくいくい進む。調子に乗ってはいけない、この店にも掟がしっかりあるのだ。お一人様、日本酒5杯、焼酎3杯まで。歴史を刻むぼろぼろの紙にも、見やすく新しい紙にもばっちり張り出されていた。5杯目の燗酒おかわりをそそいてくれた時、店のお兄さんは5杯いきましたとさりげなく、さらりと言った。前は、おまけの半分とかもらったりしたが、今夜は、久しぶりに来たのだからルールに従って、きれいに飲み終わろう。
相変わらず、雪がちらちら舞っている外に「ごちそうさま」と言い残して店を出た。もちろん、懐かしさに浸る感じではあったが、店には新宿・思い出横丁とはまた違った居心地の良さがあった。店の中のどことなく、中央線の緩さとでも言えばいいのか、ホッとさせる優しさがある様な感じだろうか。煮込みの味には、やっぱり引っかかるが、電車に乗ってわざわざ来てもいいと思えるお店だと、久しぶりに来て思った。

西荻窪の駅、南口を出て右に線路沿いのすぐ。2階の駅のホームにいると下から焼き物の匂いが漂って来る。