新宿・思い出『ささもと』で、梅割少女に出会う

忙しい時とそうではない時の仕事の落差が激しいので、困ったもんだ。昼間に時間を忘れるくらい集中できて、夜になってすっぱりと事務所を出るなんてそんなうまい具合に仕事が進んでくれない。大して仕事もできないのによく言うよ、ってな感じですが・・・。わりと暇な状態が続くので、だからといって、ではさいならと帰れない空気の時も多い。金曜日の夜、さてどこに飲みに行ったろ、と下心があるけれど忙しそうな同僚達を尻目にタイムカードを押すのも気が引ける。そんな躊躇があったばかりに、出るのが1時間も遅くなってしまった。

↑焼き台前の奥の席は、目の前にタレの壺がありもちろんタバコは厳禁、少々気を使う場所でもある。ひもじい顔をしていたからか、3串よりはかなりオマケ入り、くぅー、うまい。
『おおはし』はあきらめて、近場の新宿・思い出横丁『ささもと』に、久しぶりに行く事にした。この店も狭いながら本当にいつも混んでいる。焼き台前の道に半分はみ出したところがひとつ空いているので、無事に滑り込んだ。目の前で、おやじのぶつぶつ話すのを聞きながら、煮込み鍋にモツや野菜を放り込んだり、肉が焼けるのを目の前で見れる特等席だ。ただ、ベンチ状の長椅子がぐらぐらして危なっかしいのと、奥だと跨いで出入りしなくてはいけない。

↑野菜巻は、スナップエンド。アスパラは、今は輸入ものしかないからやめときますと、言ったら、おやじさんにやりとされた。軟骨関係肉も一緒に叩いた「たたき」写真撮る前につい半分食べちゃった。

↑野菜巻きの中でも、茗荷は格別で、毎回食べて唸ります。
「いやいや今日は、めちゃくちゃ忙しい。それに、外国人ばっかりのお客さんで、日本人はどこへ行っちゃったんだろう、って感じだな」おやじさん、ぶつぶつ言っている。
アジア人も結構来るので一見ではわかりづらいけれど、なんて思っていると白人のアベックが来た。女は東洋人だが、日本語まったくだめそうで「ノー、チキン。オンリー、ポーク」と、ささもとのおやじさんの超基本英語にニコニコと反応して、カウンンター中程の狭いすき間におさまってしまった。焼き台前、隣のサラリーマンが帰ったと思ったら、若い子3人が絶妙のタイミングで、いいですかと聞いた。おやじさん、一瞬ためらったように思えたのだが、さもありなん高校生にしか見えない。空いた席を前に、ダメとは言えない所で座ってしまった。「何飲むの?」「焼酎ください」で、また、まわりがちょっと固まった。
他の二人は烏龍茶だったが、若い客に興味津々になって来た。ちょうどビールがなくなるので、隣の女子と一緒に金宮焼酎の梅割をたのむことにした。こちらも写真を撮っているが、彼女も受け皿付きコップになみなみ注がれた焼酎を携帯で撮ろうとしてるので、梅を入れてからの方がほんのり色がついて奇麗だよと、いらぬおせっかいを言ってしまった。
梅割少女は「あ、おいしい」と、焼酎も煮込みも旨そうに食べている。男の子は旨そうにぱくついているが、もう一人の女の子は、ぐつぐついっている鍋の前で恐れをなしたのか、モツはダメそうで手が出ない。梅割少女が、汁を残していたら、いつものようにおやじさんは汁も美味しいよと勧める。さすがは梅割少女「いいんですか?」と、訳のわからない事をいいながらじるじると一気に煮込み汁を飲み干した。隣の子の分も食べてあげて、早くも焼酎を半分以上飲んでいる。

↑水菜肉巻き。よくもまぁ、水菜を肉で巻いて串で刺し焼いて出せると思ったね。シャキシャキ感もちゃんと残っている。

↑頭のあたり、やや脂っぽい所。若者達もこれを焼いてもらい旨そうに食べていた。

↑ピンぼけ、御免。ピンが来てもネギで何だかわからない、レバ、ホーデンのネギ・醤油。
「モツが、苦手なら野菜を肉で巻いたもの食べるかい」と、水菜巻を焼いてあげる。風貌とは裏腹に(御免なさい)おやじさん優しいんだ。
「ところで、君たち大人だろうね」「私、二十歳ですよ」とは梅割少女。残りは下を向いてるので烏龍茶で正解だったのだろう。
何と梅割少女は、焼酎2杯目を所望した。受け皿に残っているよと、いわれても気がつかない。あたりまえか、受け皿付きのコップに生の焼酎そのまま飲むのは初めてだろうから。飲み屋の客同士、ちょっとした礼儀の受け答え以外で、無用に話しかけたりするのは御法度。もちろん重々承知だが、この梅割少女にはどうしても、一言、聞いてみたくなって来た。
「このお店の事、名前、知っているかい。この通りは、思い出横丁で言うんだよ」
「思い出横丁の名前は、ネットで知りました」
「ここは、提灯も看板もなにもかかっていないので、聞かないと名前もわからないんだよ」
「お客さんで、いっぱいですね。入れなくて待っているし」
「みんな、ここ『ささもと』の焼きとんが好きで、食べに来てるんだよ」
「へぇ、有名なんだ」
「じゃぁ、君たちはどうしてこの店で食べようと思ったの」
「外から見て、照明がいいなと思って。私たち、お店の照明の事、勉強してるんです」
うなぎの寝床のようなカウンターの上に裸電球が、ぶら下がっているだけなのだが、その間隔と長さが絶妙な気がしないでもない。
「昭和って、感じがして」
「昭和は、昭和でも近い昭和でなくて、遠くの戦争が終わった頃の昭和から続いてるよ」
そろそろ、話すの切り上げないとおやじさんいやな顔で見ているな。
3人は、勉強になったのかどうか、サービスのスープももらい、変なスープと普通のスープの味の違いに感嘆の声をあげながら「ごちそうさまでした」と帰って行った。
梅割少女は、2杯どまりだったがこちらは3杯まできっちり楽しんだ。

↑余っていたのか、まだ、頼んでいないのにキャベツが来た。どっちみち頼むので有り難くいただく。金宮焼酎の梅割は、ほんの一滴だけにしてるのでほとんど色がつかない。一滴で好みの味になるのだ。

↑最後にお気に入りの逸品。タンを火の入れ方を軽くして、かぼすエキスと胡椒をかけた変な焼き方。

↑〆の(普通の)スープ。この一杯で、なんだか満足、満ち足りた気分に。

↑わかりますか? ささもとのお店。看板も提灯もなし、煮込み鍋と焼き台、その前にも客が座っている。よくもまぁ、梅割少女達、入ろうと思ったよな。
これで家に帰ればいいのだが、もう一杯飲みたい気持ちが足を勝手に動かせる。以前は、思い出横丁と言わなかった気がする、線路側方。但馬屋珈琲店からすぐ隣の地下に「みのる」がある。ここは、ゴールデン街にも連れて行ってもらった作家さんに「目薬ハイボールでも飲んで帰るか」と誘われた店。Uの字型にカウンターがありそのカウンター2カ所に鶴の頭のようなものが突き出ている。それが、炭酸の蛇口になっていて、コップを押し付けると勢いよくしゅっわーと注がれハイボールが手早く作れる。昔からハイボールは、サントリーの角、店で作ってくれるものだから何となく薄くて、目薬のように2、3滴しか入れていないんじゃないのと揶揄した言葉だった。

↑『みのる』は、地下。大ガードの方までお店が続く。
『みのる』に初めて来たのが、さっきの梅割少女の二十歳とは言えないが、20代後半だった。ハイボールの味と手際の良い作り方が気に入って飲みに来ているうちに、その楽しい炭酸の蛇口からのプシュがなくなった。残念な事に、炭酸の装置が壊れてしまい、修理する業者もなくなってしまったのでと、寂しい答えが返って来た。
拍子が抜けて、足が遠のいてしまったりもあったが、かなりたってから行くとマスターに頭どうしたのって、坊主にしてるのを昔は違ったよねってそぶりをされる。そして、ハイボールを飲んでみると、やっぱり「みのる」のハイボールの味で、ちょっと薄く感じるのに絶妙のバランスでうまい、のだ。

↑お通しは、クリームシチュー? と、驚くかも知れないけど、意外にハイボールと相性がよかったよ。ここでも、きっちり3杯飲んでしまった。